ストックホルム世界水週間2022 アジアフォーカス「気候変動に対して強靭な水ガバナンス」セッションの開催

 日本水フォーラムが事務局を務めるアジア・太平洋水フォーラムは、8月25日に経済協力開発機構(OECD)、世界水パートナーシップ(GWP)東南アジア、水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)、シンガポール公益事業庁(PUB)、アジア開発銀行(ADB)からのスピーカーを交え、「アジアフォーカス・気候変動問題に対する行動で水を価値づけしていくためのエンド・トゥ・エンド アプローチ」セッションを開催しました。

 アジア太平洋地域は世界の中で最も災害の多い地域です。科学的、工学的、社会経済的アプローチの相互作用によるエンド・ツー・エンドのアプローチを推進し、持続可能で包括的、かつ資源循環型の方法で気候変動に対して強靭な社会を構築していくための行動を加速させるには、システム的変化が緊急に必要とされています。そこで本セッションでは、アジア太平洋地域におけるグッドプラクティスを共有し、科学技術、ガバナンス、ファイナンスの相互作用によるエンド・トゥ・エンドのアプローチを通じて、水の価値と水資源のより良い管理への理解を深める方法について議論を行いました。 APWF執行審議会副議長のチャンファ・ウー氏がパネルディスカッションのモデレータを務めました。

 冒頭、ストックホルム世界水週間2022アジアフォーカスセッションの全体のコーディネーターを務めた小生が、APWFの概要、2022年4月に開催した「第4回アジア・太平洋水サミット(APWS)」の「熊本宣言」、及び、ガバナンスに関する議論の成果を共有しました。 

 プレゼンテーション、及び、パネルディスカッションでは、第1に、OECDの都市・都市政策及び持続可能な開発課 水ガバナンスと循環経済ユニット長のOriana Romaro氏は、OECD水ガバナンス12の指針と、OECD水ガバナンス指標を基盤としてガバナンス改善の進捗チェックリストを汎用した「都市のブルーエコノミープロジェクト」事業を紹介しました。オリアナ氏は、多くの主要都市では、淡水・海洋域における経済活動に依存していることを鑑み、淡水だけでなく海洋も含む水資源の統合管理の取り組みを通じて、経済成長、雇用、イノベーション、社会福祉の改善にも寄与する政策・施策の形成に寄与することを目指す本事業の意義を提示しました。ロマロ氏は、RISC-Proof(Resilient, Inclusive, Sustainable and Circular)アプローチを用いてブルーエコノミー実現のための条件を整理し、レジリエントで、包摂的で、持続可能で、循環型社会を構築していくための条件を提示し、各状況に適した政策づくりを支援することを目的としていることを説明しました。あわせて、実際に手法を各現場の政策に適用しようとしていく中で直面した課題を分析し、手法の改善に寄与をすることを目指していることを説明し、プロジェクトの実施に関するロードマップを共有しました。 ファイナンスの視点について議論をしたパネルディスカッションにおいて、Romaro氏は、資金調達は、OECDの12の水ガバナンス原則における重要な要素であり、コロナ禍で公的基金が減少している中で、水分野において必要なインフラストラクチャーと実際の投資ギャップに対処していくために、この事業を通じて、水分野における持続可能で強靭な経済への移行を助長する革新的資金調達メカニズムを構築し、公的機関と民間部門が新たな側面からどう協力できるか深く議論し、提言していくことを目指していると述べました。

  GWP東南アジア地域コーディネーターのFany Wedahuditama氏は、「水ガバナンスの改善を通じて強靭な水の安全保障を構築していくための方法」について議論しました。冒頭、第4回APWSにおけるガバナンスに関する議論において、セクターを超え、多様な利害関係者を巻き込んだ、透明性の高いガバナンスの構築、あらゆるレベルにおける、法的・制度的・財政的枠組みの強化を強調したレビューを紹介しました。 続いて、持続可能な開発目標(6.5.1・統合水資源管理の実施)に関する2020年の調査の視点であった、「政策と規制」、「制度調整」、「利害関係者への関与」、「資源調整」、「政治的コミットメント」、及び、 「アジア水開発展望2020」におけるガバナンスの視点であった「モニタリング・評価の推進」、「トレードオフを対処する」、「優先付け、マッピング、カスタマイズ」、「利害関係者への関与」、「政府の資金調達を優先する」、「インテグリティの促進」について触れました。 Wedahuditama氏は、、包摂的で、持続可能で、強靭な水ガバナンスが適切に整っていくようになるためには、規制・制度、財政、技術・インフラ枠組み、知見の管理とコミュニケーション枠組みというように枠組みをシンプルにしつつ、「環境」、「水・衛生・衛生環境」、「経済と開発のための水」、「水関連災害リスク低減」の視点ごとに、各国においてより深化したガバナンス分析を行っていく必要があることを強調しました。そのうえでテーマごとの分野横断的視点より、具体的なガバナンス改善計画とその実施に取り組む必要があること、そして、その進捗をモニタリングし、評価していくことが必要であることを強調しました。また、水ガバナンス改善に関するプログラムはあらゆる組織がそれぞれで取り組んでいることを鑑み、水の安全保障の改善に関するファシリティを設け、あらゆる利害関係者が、情報や知見リソースを共有・補完し合い、協働していくメカニズムの必要性についても言及しました。

 水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)の森範行特別研究監は、気候変動に対して強靭な社会を構築していくための科学・技術研究と題した発表を行いました。ICHARMの中・長期プログラムに基づいて実施中の、フィリピンのPanpanga 流域における農業運営支援システム構築の取り組み、既存ダムの運用改善のための降雨予測・ダム操作シミュレーション、コミュニティーレベルでの水害リスク評価と洪水が起こった場合の状況を疑似体験するVRビデオ開発、及びそれらを用いた地域住民等の意識啓発や対応能力向上プログラムを熊本で実践した事例、フィリピン・ダバオ流域における水災害に対して強靭で持続可能な社会の構築を目指し、「データ統合解析システム(DIAS)」上で開発した「オンライン知の統合システム(OSS―SR)」やそれを用いたファシリテーター育成の取り組み事例を紹介しました。不確実性課題について議論したパネルディスカッションにおいて、森氏は、例えば治水計画のように気候変動の影響がそのあり方を左右するものに対しては、多くのデータの統合・蓄積とシミュレーションモデルが不可欠であることについて触れました。今日では、気候モデル、衛星観測データ、地上観測データ等を組みあわせてシミュレーションをより精緻化できることから、これらのデータや解析技術を活用して、気候変動の影響を実際の水資源管理政策や計画に組み込んでいくことが必要と強調しました。

 シンガポール公益事業庁のMichael Toh氏は、「シンガポール水物語:希少価値をチャンスに変える」と題した発表を行いました。冒頭、1950-60年代のシンガポールは衛生状態がよくなく、下水道も整備されておらず、大雨と高潮が重なると低地ではよく洪水に見舞われていたが、50年後、シンガポールはきれいな水路と貯水池を持つ、最も住みやすい都市へと変貌を遂げたことについて触れました。今後の課題は、a) 人口と経済成長に伴う水需要の増加、b) 気候変動と海面上昇、c) 水を多産する際に、エネルギー使用量を減らし、脱炭素化する方法を模索する必要があること、d) 排水を削減し、水処理から出る排水から資源を回収することで、これらの課題に対処するために、適切性、持続可能性、強靭性を軸とした水管理戦略を掲げ、多様な水源の確保する、水処理設備のアップグレード、ネットワークの信頼性を維持することを共有しました。 取り組み例として、使用済みの水を一滴も残さず回収し、再利用する「ディープトンネル下水道」や、NEWaterに加え、2020年4月より、PUBは沿岸保護の取り組みを推進する主幹機関としての役割も担っていること等を紹介しました。Toh氏は、PUBは今日の水供給を確保することに尽力してきたと同時に、2060年を見据えた計画、及び、研究開発に投資してきた成果として、水資源が増加し、エネルギーと排水の発生量を抑え、水供給の質と安全性を向上させることができたこと、コスト低減につながったこと、PUBのロードマップを国内外の機関にオープンにし、多様な機関が解決策を提案することができるようになったことを説明しました。また、シンガポールの水産業は、200社以上の水関連企業と25の研究機関から構成され、各事業者が相互の強みを生かし、水のイノベーションとビジネス成長の最前線を押し上げるために、統合的で有益な環境を提供していることから、非常に活気があることを共有しました。 最後に、Toh氏は、どの国も単独で将来の課題に取り組むことはできず、国際協力は不可欠であり、それが我々をより強くすることについて強調しました。

 アジア開発銀行からは、水と気候変動の上級専門家のAlessio Giardino氏と、中央・西アジア局環境・天然資源・農業部ディレクターのYasmin Siddiqi氏がADBの水レジリエンス向上に向けた取り組みを紹介しました。 Giardino氏は、冒頭、アジアでは、水災害に伴う水循環の激化、食料安全保障、基本的な水の供給と衛生サービス、都市化、汚水、生物多様性の喪失等、水の安全保障に関する課題が山積していることについて触れ、これらの課題に取り組むために、2011~2022年6月までに、約265億ドルを投資し、約6億5千万人の水の安全と回復力を直接支援してきたこと、2030年までの戦略として、気候変動対策をADBの優先事項の一つとするとともに、あらゆる優先課題に気候変動対策を間接的に組み込み、対策を強化していくこと、2019年~2030年の間に気候変動分野に当てる1000憶ドルのうち、340億ドルは適応資金に充てることについて言及しました。取り組みのうちの一つとして、2022年8月に立ち上げた「アジア、太平洋ウォーターレジリエントハブ」を紹介しました。

 Siddiqi氏は、ADBの中央アジア・西アジアにおける取り組み事例を共有しました。この地域の主な課題は、プロジェクト設計やパイプラインに影響を与えるセクター別気候評価の利用可能性、政府機関における気候変動に関する知識のギャップ、持続可能な水資源管理への投資と気候変動への適応策について、各政府高官の賛同を得ることについて触れました。課題解決に向けて、タジキスタン・Pianj川における水資源管理、灌漑、農業生産の改善にも資する気候変動アセスメントの実施、灌漑・排水システムの近代化と気候・災害対策、インフラの効果的な計画と運用・保守(O&M)のための合理的な制度・システムの構築、土地・水管理への女性の参加を強化するための男女平等政策・戦略の策定支援、ウズベキスタン・アムダリア流域の気候リスクアセスメントの実施を通じた、気候脆弱性の低減と長期的な回復力の構築を目指した投資分野の特定、ウズベキスタン2019-2030グリーン経済への移行戦略のサポート、気候・災害対策型灌漑・排水システム導入支援を行っていくこと、及び、中央・西アジア地域間の協力推進等を共有しました。

 パネルディスカッションにおいて、Giardino氏は、課題解決のためには、各地域の状況に応じた能力開発プログラムの実施が不可欠であること、Siddiqi氏は、水セクターの職員だけでなく、ファイナンス分野に携わっている職員に対しても意識啓発・能力開発を行っていくことが不可欠であることを強調しました。

 本セッションのまとめ、閉会の挨拶は、APWF執行審議会副議長のエドゥアルド・アララル氏が務めました。

ストックホルム世界水週間におけるセッションページ:
https://worldwaterweek.org/event/10442-asia-focus-end-to-end-approach-for-valuing-water-on-climate-actions

(報告者:チーフマネージャー 朝山由美子)

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