第9回洪水管理国際会議(ICFM9)において、アジアの洪水管理に関する特別セッションを開催しました。

つくばで開催された第9回洪水管理国際会議(ICFM9)において、日本水フォーラムは、2月19日に、UNESCO IHPアジア太平洋地域推進委員会(事務局:インドネシア・ジャカルタ)の後援を得て、「アジアの河川流域におけるあらゆる方々による水関連災害リスク低減と気候レジリエンスのためのアクションを通じたアジアの質の高い成長に向けて」と題した特別セッションを会場とオンラインとのハイブリッド形式で開催しました。

特別セッション開催目的

 河川は気候レジリエンスの鍵を握っているが、水に関連する災害は、緩やかな擾乱であれ、突発的なものであれ、各河川流域のコミュニティと経済に計り知れない影響を与え続けています。このような問題を議論し、解決に向けた行動を加速するために、第4回アジア・太平洋水サミット(APWS)に参加したアジア太平洋地域の18カ国の首脳は、熊本宣言を採択した。首脳たちは、健全な水循環を回復することで、連鎖的な洪水リスクを軽減し、国境を越えた協力を強化することができるという理解を共有しました。また、水分野におけるハード・ソフト両面の対策を統合し、持続可能性、強靭性、包摂性を兼ね備えた社会構築のために、質の高いインフラ整備を行うことを決意しました。

 本特別セッションは、第4回APWS熊本宣言のフォローアップの一環、かつ、2023年国連水会議及び第10回世界水フォーラムを見据え、アジア地域の治水に関する技術、ガバナンス及び資金調達について検討することを目的に開催しました。 日本の専門家に加え、インドネシア、フィリピン、パキスタン、韓国からの実務者や専門家をスピーカーにお迎えし、各国の事例を紹介しつつ、次の議論を行いました。

  • アジアにおける洪水課題に対処する科学技術の貢献
  • 気候変動下において、水循環と水資源管理の困難な課題にうまく対処するための手法とデータセットを開発・統合する方法
  • 流域治水を促進するための機会、障壁、資源と技術的なニーズ
  • 科学技術を生かすガバナンス
  • 河川流域管理に、政府組織以外の利害関係者の関わりを強化するための目標(ゴール)指向の協力関係を構築する方法
  • データと情報、能力開発及びイノベーションのための資源動員を強化し、流域治水を促進するために、政府指導者の政治的意志を高めていく方法

プログラム

15:00-15:02

セッション概要紹介:
日本水フォーラム・APWF事務局 チーフマネージャー 朝山由美子

15:02-15:06

開会挨拶: 日本水フォーラム代表理事兼事務局長 竹村公太郎

15:06- 15:17

基調講演「アジア地域の洪水課題の解決に向けた科学技術の貢献」
東京大学工学系研究科教授 沖大幹(日本水フォーラム会長相談役)

15:17-15:26

インドネシアの事例
インドネシア公共事業・国民住宅大臣特別アドバイザー(水資源分野)
Dr. Firdaus Ali, MSc.

15:26-15:35

フィリピンの事例
フィリピン大学土木工学研究所教授
Prof. Guillermo Q. Tabios III

15:33-15:42

パキスタンの事例
パキスタン水資源研究評議会ディレクター
Dr. Hifza Rasheed

15:42-15:51

韓国の事例
中部大学校渇水研究センター所長・土木工学科教授/韓国UNESCO IHP国内委員会副議長
Dr. Joo-Heon Lee

15:51-16:00

アジア地域の洪水対策
国際協力機構(JICA)シニア・アドバイザー(災害管理・水資源管理)
東京大学大学院新領域創成科学研究科客員教授/日本水フォーラム理事
石渡幹夫

16:00-16:09

洪水対策における科学利用のためのガバナンス
水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)研究グループ長
松木洋忠

16:10-16:28

パネルディスカッション、質疑応答
モデレーター:日本水フォーラム・APWF事務局チーフマネージャー 朝山由美子

16:28-16:30

まとめ
日本水フォーラム・APWF事務局チーフマネージャー 朝山由美子

各スピーカーの発表要旨

  • 東京大学工学系研究科の沖大幹教授は、2022年に発生した主要な水問題としてヨーロッパでの大規模な干ばつ、中国長江流域での干ばつ、パキスタンを襲った大洪水を挙げた。こうした災害が人々の生活に与えるリスクを未然に防ぐ方法の一つとして洪水モニタリングを挙げ、それを実現する具体的な科学技術としてJAXAのGlobal Rainfall Watchについて説明を行った。アジアやアフリカの一部地域では今後これまで経験したことのないような豪雨や熱波に直面することになるとされている。このような状況に対応するため、日々の生活の中一人一人が購入する商品の材質を気にかけたり、投票を行う政治家の政策に着目したり、温室効果ガスの排出を防ぐといった工夫を行なうことが重要であると説明した。また、専門的な知識を有する科学者だけでなく、ユース世代、技術者、市民、政府関係者といった世界中の利害関係者が問題に対処していく必要あると強調した。
  • インドネシア政府公共事業・国民住宅大臣特別アドバイザーの Ir. FIRDAUS ALI氏は、インドネシア国内で近年洪水が多発していること、1990年から2020年までの30年間で人口が増加傾向にあること、国土における森林地帯が9年間で3.2%減少していることを挙げ、これが分水界のバランスに乱れを生じさせていると説明した。また洪水管理は地域の保全や教育機会の提供といった非建設的なものと貯水池の建設といった建設的なものの双方が存在することを明らかにした。この内、建設的なものにあたる公共事業・住宅省が建設に携った国内の複数のダム、貯水池について説明を行った。こうした施設が余剰の雨水を貯留し、豪雨の際の下流の街の浸水を防ぐ効果があることを強調した。
  • フィリピン大学土木工学研究所教授のDr Guillermo Q. Tabios IIIは、フィリピン中心部を流れるパッシグ・マリキナ川の洪水を緩和させる施策について説明を行った。マンガハン放水路がパッシグ川の洪水を軽減させる主な施設である。当初はパラニャーケ放水路と共に稼働予定であったが、こちらの建設計画は中止になった経緯がある。JICAが提唱したラグナ湖堤防システムを備えたパラニャーケ放水路の洪水計画とWorld Bank Studyが提唱したマリキナ洪水制御ダムについては一定の効果があることが示された。マリキナ川と太平洋をつなぐ洪水トンネルは、マリキナ川の流れの30~40%を太平洋にそらす効果があるとされている。
  • パキスタン水資源研究評議会ディレクターのDr Hifza Rasheedは、パキスタン国内においては過去19年間で173件もの気候由来の災害が発生したと説明した。とりわけゲリラ豪雨などによる洪水による災害が大きく、これらは特に貧しい地域の人々の生活に大打撃を与えた。特に被害が甚大だった2022年の大洪水では約56万棟の家屋が破壊され、1万4000人の死傷者と12万7000人の負傷者が発生し、GDPにおいても2%の減少が見られた。パキスタン独自の取り組みとしてFlood Protection Sector Project-III(FPSP-III)を取り上げ、当初失敗に終わったこの取り組みを2023年5月までにADBによる投資でアップグレードさせ、これは1億2800万人の人口と104万エーカーの農地を将来起こりうる洪水から守るものになると説明した。日本政府からパキスタン政府への幅広い援助も行われているところであり、洪水の影響を受けた地域を支援するため、ユニセフに 419 万 6000 ドルが提供されたことを説明した。
  • 韓国・中部大学校渇水研究センター所長・土木工学科教授で、韓国UNESCO IHP国内委員会副議長のDr Joo-Heon Leeは、初めに多目的ダムSumjin Dam流域で31名の死者を出した大規模な洪水、ソウル市内で発生した局地的な豪雨について説明した。2014~2017年の漢江流域の干ばつの際は点在する15のダムの内、貯水容量が正常値だったのは6基に過ぎなかったといい、2020年の洪水が発生した際は環境紛争調整委員会は、被害を受けた7,733人に対し、合計1億5500万ドルを補償する決定を下した。こうした問題に対処するにあたっては都市計画を有効化して「地下雨水排水路」を建設すること、複数の省庁による連携的な対応、貯水池の活用などが重要となってくる、と説明した。
  • 国際協力機構(JICA)石渡幹夫シニア・アドバイザー(災害管理・水資源管理)は、アジアの途上国における防災分野への投資が近年増加しているとし、その資金確保のメカニズムを確立する必要性を訴えた。毎年アジア全域に対し、57億円が防災分野へと投資されているが、フィリピン、インド、中国といった一部の国においては治水投資が増加傾向にある一方で日本・韓国は横ばい、減少傾向にある。フィリピンではGDPで4%の投資が行われており、米国・ヨーロッパは0.01~0.02%ということを考えると全体的にアジア諸国の投資額は全体的に高い水準となっている。防災分野への投資の課題としては災害の発生前の事前投資の比率が非常に低いことが挙げられる。グリーンインフラを活用した防災対策、AIやSNS等の新たな情報技術の活用、国・自治体・地域社会の費用の相互負担といった新たな手法で災害対策を進めていく必要がある、と強調した。
  • 水災害・リスクマネジメント国際センター(ICHARM)松木洋忠研究グループ長は、水と環境の安全は、自然の持続可能性と人の幸福に深く関与しているとした上で、アジア・太平洋地域において、水をとりまく状況は、気候変動、生態系の劣化、予測不可能な疾病、人に起因する汚染、不公平なガバナンスのほか、人の活動による負の影響からの脅威に直面していると説明した。すべての利害関係者のためのさまざまなレベルでのガバナンスを通じて、水源から海まで流域全体で自然的かつ社会的な「水と環境」を保全する責務を有していると強調した。自然を基盤とした解決策として、日本の伝統的な河川工法の説明をした。第1に、「水を以て水を防ぐ」という諺に触れ、1896年に制定された旧河川法、1964年に治水に加え、水利用の制御について規定した改正河川法、及び、1991年より着手された多自然川づくり事業の後、河川環境の整備と保全を位置付けた1997年の改正河川法の目的を紹介した。また、改正河川法を踏まえ、2016年、国土交通省は、調査・計画・設計・施工・維持管理とすべての工程において「多自然川づくり事業」をすべての河川管理の基本として指示していることも共有した。最後に、松木氏は、自然を基盤とした解決策がより持続可能となるためには、河川の自然の営力や生態系の水文的ダイナミズム、工学に文化や人々の参加を取り入れた質の高いインフラ、その地域で利用できる資材や技術力の活用、そして、手頃な価格で実施する恒常的な維持管理が必要と強調した。

パネルディスカッション・質疑応答
 <質問>留学生(博士課程)

  • 60-80年に1度、400年に1度というレベルの降雨が発生するとすれば、過去の教訓を適用することがほとんど不可能に思われる。環境も経済状態も同一ではない。他の国の経験から学ぶことができないか。同じ量の降雨があった場合、経済状態が違うとシミュレーションの結果は全く異なってしまうのか。異常気象の経験から学ぶ上、どのような情報が重要になるか。資金配分を最適化する上で、こうした知識が有用になる。
  • アジアの都市が気候リスクの境界線を越えていくという図表について、これは地球温暖化の最悪のシナリオをベースにしているが、不確実性の要素が多いとのことだった。これは、単純に気温の上昇のみの結果なのか、緩和や強靭化のための新たなインフラも考慮されているのか。

<回答>沖教授

  • 洪水対策をある国から別の国へ、直接移転・移植はできない。発展段階、経済状況の違い、文化に係る障壁が異なるからである。限られた資源でいかに対処したのかは学ぶことはできる。だが、同じような強度の降雨だとしても、地形、土壌の性質が異なるので、全く異なる洪水になるだろう。
  • 我々は、気候変動に関する将来予測について正確な数字の予測を期待していない。しかし、どのような方向で、地域によってどのような変化が起きるのかが重要であり、不確実性はあるものの、この図表を用いて多くのステークホルダーとコミュニケーションを行うことはできる。

<質問>開発金融機関研究所職員(インドネシア)

  • Bandungの水力発電事業の進捗について教えてほしい。政府の視点から、開発事業の何がうまくいき、何がうまくいかないのか、開発銀行との協力の力学についての考えを聞きたい。

<回答>Dr. Ir. FIRDAUS ALI, MSc.

  • 政府だけでなく、軍隊もソフトウェアの問題に対処している。非常に重要な問題であり、軍隊がいなくなった後で維持できるのかが懸念事項である。
  • ADBからの資金支援を受けながら進めている。利益も出るが、来年度も政府の支援の継続が必要である。中央政府だけでなく、広く市民から、コミュニティから、地方政府からの支援も必要であり、ステークホルダー間の調整も重要である。チタルム川は、非常に長い河川で、ジャカルタ市の水供給の80%の水源となっており、水質の確保も重要である。

<質問>河川事業関係者(フィリピン)

  • 地球規模の気候リスク境界について、どのようなパラメータや変数を調査するのか。レビューするべき文献があるか。
  • データが非常に不確実、過去の統計が現在の事象に適合しない、という話があった。多くの洪水が発生しており、我々が知っていたパターンと異なる。新たなデータセットを構築していかなければならないのか。

<回答>沖教授

  • 異常な高温、異常な量の降雨が、代表的な気候リスクの変数である。我々はこの二つを選択し、図表を示した。渇水の場合は、降雨のない日や土壌水分の乾燥を気候リスク評価の変数として採用できる。目的に応じて、最適なものを少ない数で選択すべきである。洪水であれば、異常な降雨について、1日だけでなく2日、大陸であれば1カ月の降雨。渇水であれば、土壌水分と連続して降雨のない日など。
  • Chris Milley らがNature誌に寄稿した「Stationarity Is Dead」という文献がある。以前は、気候は変化しないものと捉えていた。過去の統計に基づいて、将来の設計を行ってきた。しかし、気候は変化している。だが、予測も確実ではない。やはり過去の統計も参照しながら、注意深く見ていかなければならない。現在の状況は、過去とは違うので、変化を考慮しなければならない。現実においては、適応性のある管理が必要で、モニタリングを行い、何かを試し、その反応を見ながら、より良い管理に修正してくことが必要だと思う。
  • ときに土地利用の変化は、将来の降雨に問題を及ぼす。土地利用の変化に対して、気候リスクの境界線は、極めてセンシティブだ。森林を伐採すると、循環パターンが変化することがある。モンスーンシーズンよりも、他の季節で影響が大きい。

<質問>Dr Guillermo Q. Tabios III

  • 2014年にフィリピンで3,500億ドル、メトロマニラだけで80億ドルの洪水対策が承認された。2016年に新たな大統領が就任し、政治的な変化が生まれた。前政権の計画が忘れ去れ、41億ドルしか実行されなかった。多くの変化があるが、政治の変化が極めて速い。そのあたりにも対処しなければならない。
  • 持続可能性についていえば、3~4世代、200~300年のスパンで考えなければならない。ゆっくりとした変化、すなわち進化が起こる。4つの次元、時間と空間だけでなく、想像力が必要だ。将来像を描くこと、シナリオ構築が必要となる。今までの関係性は当てにならない。社会的な物語がある。伝統的な知識に科学を組み込むこむことも考えていかなければならない。費用対効果ばかりを追求しがちだが、複雑で、直線的ではないダイナミックなシステムを扱わなければならないので注意が必要だ。持続可能な枠組みを採用しなければならない。

【回答】石渡シニアアドバイザー

  • 第4回アジア・太平洋水サミットの熊本宣言で言及されているのは、強靭性だけでなく、包摂性と持続可能性である。洪水対策により、強靭性だけでなく、包摂性と持続可能性に貢献していかなければならない。防災への投資が、持続可能な社会の確立に繋がるように。

【回答】松木研究グループ長

  • 災害に対して、政府は、2つの目的で復興事業を行ってきた。一つは、強靭化の向上であり、もう一つは、雇用創出である。最近は、強靭化のみに議論の焦点が当たっているが、雇用創出は、包摂性に繋がるものであり、忘れてはならない。
  • オンライン参加者は、データの重要性に対しての認識や、データ収集及び予測に関して、デジタル技術の適用可能性や有効性についての関心が高かった。
写真:特別セッションの様子
写真:特別セッションの様子
写真:特別セッションの様子
写真:特別セッションの様子

(報告者:日本水フォーラム チーフマネージャー 朝山由美子)

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