皆様に悲しいお知らせをさせていただくこととなりました。
日本水フォーラムの副会長の丹保憲仁先生が、令和5年8月6日に逝去されました。丹保先生の逝去に日本水フォーラム一同は、哀悼の意を表しますとともに、先生のご冥福を心よりお祈りさせていただきます。
水問題が世界各地で顕在化し、世界の人々に意識化され出した2003年、第3回世界水フォーラムが琵琶湖・淀川流域で開催されました。丹保先生はその第3回世界水フォーラムの運営委員会の委員として参加いただきました。
当時、放送大学学長(元・北海道大学総長)であった丹保先生は、運営委員会において水分野の国際経験の第一人者として力強いご助言と適切なご指導をしていただき、第3回世界水フォーラムは全てのセクターと人々に開いた形式にする方針が決まり、世界から多くの参加者をお招きして大成功裏に終了したのでした。
第3回世界水フォーラムの成功の果実により、2004年11月に「特定非営利活動法人日本水フォーラム」が発足することとなり、丹保先生は発起人となっていただき、引き続いて日本水フォーラムの副会長をお受けいただくこととなりました。
丹保先生におかれましては、若く、水分野の経験がないスタッフを機会あるたびに励ましていただき、アジア・太平洋水サミットの立ち上げや、第4回世界水フォーラム以降等においても適切な指導をいただくこととなりました。
2009年、日本の幅広い水分野の専門家が集まり日本の未来の水戦略を議論するために「水の安全保障戦略機構」を設立する機運になり、丹保先生に議長をお受けいただくこととなりました。先生の力強いご指導により、2010年から2012年まで10回の議論を繰り返し、2011年には「東日本大震災後の日本社会に向けての緊急提言」、そして、2012年10月には「低炭素で持続可能な水・物資循環社会へ(50年後を目指して、今日から歩む)」を社会に向かって提言することができました。
丹保先生は多くの経験を踏まえ、常に未来を見つめ、未来社会の在り方を主張され、私ども後輩を教育し、励ましていただいた存在でありました。
日本水フォーラムが現在あるのは丹保先生のお力です。日本水フォーラムが未来に向かって進んでいく羅針盤を示していただいたのも丹保先生です。
丹保先生の逝去は悲しいことですが、前に向かって進んでいかなければ、天国の先生からお叱りを受けてしまいます。丹保先生とご一緒できた時間を大切に胸にしまって、日本水フォーラムの任務を軽やかに展開していくことをお約束いたします。
改めて、丹保先生のご冥福を心よりお祈り申し上げ、日本水フォーラム一同の先生へのお別れのご挨拶をさせていただきます。
日本水フォーラム 一同